2014年07月15日

高窪炭鉱の石炭運搬ケーブルの写真がありました。

太平洋戦争当時から昭和20年代にかけて、三刀屋町高窪で石炭を掘っていました。
私が子供のころ、木次の町に出ると、三刀屋の方面からケーブルが伸びていて、黒く高い塔がそれを
支えていました。記憶にあるその光景の写真がないか探していましたが、先日やっと見つかりました。昔の給下原.JPG
撮影地点は遊山荘から吊り橋を渡り、旧参道沿いにある東屋あたりと思われます。
木次駅近くにあった、紙会社の高い煙突も分かります。里熊橋から三刀屋の町まで人家が一軒しか無かったのがよくわかります、石炭が落下することがあったようでケーブルの下で道があるところはガードが付けてあります。
石炭は森林が地中に埋まり5〜6億年経って炭化したものです、森林が地中に埋まるような大地震地殻変動が
この三刀屋にも起きていたのです。東日本震災よりさらに大きな地震だったでしょう、そんな地震に島根原発は耐えられるでしょうか?核燃料廃棄物を地中深く埋めても飛び出してくる恐れはあります。
ワールドカップ優勝を何回もしたり世界の科学技術をリードしてきたドイツは原発はやめました。
石油も各種の生物の変化したものです、限りがあります。
再生可能エネルギーを最大限に活用すべきではないでしょうか、尾原ダムも水力発電ができるように
改造することはできないでしょうか、検討をお願いします。

posted by 大坂雅春 at 16:01| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
このケーブルの写真をwebで公開したいのですが、よろしいでしょうか?「高窪炭鉱」についてです。
Posted by ひな at 2014年08月01日 16:41
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